2009年7月24日金曜日

ブルガリアにとってのヨーグルト


人工物発達学という新しい分野をユーザー工学の黒須正明さんが提唱しています。その内容は「さまざまなデザイン」に書いた以下をご覧ください。民族学、文化人類学、民俗学、歴史学、考古学、工業デザイン、ユーザー工学、認知工学、情報行動学、人間工学、機械工学、システム工学などが関係してきます。

http://milano.metrocs.jp/archives/1831

この研究誌『人工物発達研究』のなかに、総合研究大学院大学比較文化学研究専攻のヨトヴァ・マリアさんの「ヨーグルトをめぐる食文化の経営人類学的研究」があります。そこに興味深いことが紹介されているので、ここに概要を書いておきます。

ブルガリアの社会主義の時代(1944-1989年)はヨーグルトの家庭内生産から大量生産へシフトした時期で、新しい技術や新しいイメージの形成がなされ、21カ国のヨーロッパやアメリカの企業とライセンス提携がありました。しかし、現在も継続している企業は二つだけで、一つはフィンランドのパリョ乳業、もうひとつが日本の明治乳業です。しかも、ブルガリア発のヨーグルトのイメージも共生しているのは、日本だけです。これがまず一点です。二つ目は、1960年代後半に「明治ブルガリアヨーグルト」が誕生しますが、このまえに外交ルートを通じたヨーグルトの紹介はあったようですが、明治乳業による普及の力が圧倒的に強かったということです。

個人・社会的な個性化において食品はアイデンティティを見出す上で重要な役割を果たすという意味で、フランスのワイン、ブラジルのチーズ、ブルガリアのヨーグルト(ヨーグルトはただのヨーグルトではない)という表現をしており、選挙戦でジャーナリストが政治家に問う質問に「今、ヨーグルトはいくらかご存知ですか?」というのがあるそうで、庶民生活の「物価実感値」となっています。ただ、実際の消費は減少傾向にあり、一方、「ブルガリア人はヨーグルトを良く食べる」という自己イメージは増加しています。

この自己イメージの増大というのは、ヘルシーフードとしてのヨーグルトが現代社会に貢献しているというイメージ形成と、フランスの大手ダノンのブルガリア参入で、逆にブルガリアヨーグルトを相対視することで、自己優位性を確認するに至った結果だといいます。そして、この自己優位性を明確にするために、ヨーグルトという言葉のもつ国際標準的ニュアンスを避け、「おばあちゃん」の自家製ヨーグルトを強調するKiselo Miliako という名称を使うようになりました。しかし、ダノンはまさしくその「おばあちゃん」イメージを使い、更なるマーケティング戦略に成功したというのです。

したがって、ブルガリア人はダノンに対して敵対意識をもつことがままあるのですが、今度は自家製は食品衛生上の問題はないのか?という疑念が自国製品に対して生まれてきたのです。国際標準の食品が古い食品市場を新しく作り直し、そこで古い市場は伝統で戦い、グローバル企業はその伝統イメージを利用。その結果、品質イメージで伝統派は打撃をうけるという羽目に陥ったわけです。

さて、前述したように、日本が唯一といった形でブルガリアヨーグルトのブランド構築に貢献した結果、ブルガリアはそのイメージを逆輸入し、観光資源に利用しはじめます。「2400万人の日本人がブルガリアヨーグルトで一日をはじめる」といった紹介でブルガリア自身をアピールするわけです。もちろんメインターゲットは日本人です。日本人に農家滞在の経験をしてもらうなど、「ヨーグルトの里」を訪ねるというストーリーです。が、これはブルガリアの一部であり、もっと現代的なブリガリアを知って欲しいという願いがブリガリア人には当然あり、在日ブリガリア大使の使命が、ヨーグルト以外のブルガリアを知ってもらうことだということです。

ぼく自身の感想ですが、何かをイメージリーダーに仕立て上げないといけないが、それが強すぎると全体がみえにくくなるというジレンマが、このブルガリアのケースでみえます。また、日本の「一点主義」が、こういう傾向を助長することも指摘しておいて良いでしょう。

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