2009年8月13日木曜日
AR技術と洗濯機の発達で思うこと
このブログでセカイカメラのことを何度か取り上げてきました。主にオープンプラットフォームというテーマで書いてきました。今、セカイカメラはAR「拡張現実」というカテゴリーで、その世界のなかの一プレイヤーとして取りあげられており、今週もBBCニュースの記事になっています。このARという技術によって、ヴァーチャル・リアリティが現実に入ってくるというより、現実がヴァーチャル・リアリティを取り込んでいく流れを作っていくことになります。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/technology/8193951.stm
さて、ヨーロッパ文化部としては、これまで電子デバイスのインターフェースやヴァーチャル・リアリティで生じる文化差の受け入れキャパ問題に注目し、この文化差を理解していかない限り、ビジネス面での失速は当然ながら、(カーナビのような機器から生じる)生命の危機など多くのトラブルを抱え込むことになると話してきました。その観点からすると、このARは現実と人の日常行動の接点がもっと大きくなるので、より文化差が目に見える形で出てくるのではないかと考えています。
ところで、ARはどのように世界を変えるツールなのでしょうか?単なる複数機能の統合でしょうか?デジタルによって複数の製品が一つに統合されるというトレンドがありますが、複数機能が一つに統合されていくというのは、デジタル化とは別に世の中では起こってきたことです。そこで、考え方の参考に「さまざまなデザイン」で紹介したユーザー工学の黒須正明さんが提唱している人工物発達学について、ここでも触れておきます。
黒須さんは、機能統合への発展過程について、洗濯機を垂直発達(*)の例に取り上げています(『人工物発達研究ー通巻第二号』総合研究大学院大学より)。基本的に達成すべき目標は繊維ものを洗って綺麗にすることで、人力から電気への利用、複数機能の統合化が発達プロセスになっています。
(*)人工物の多様性には、国家や民族など空間軸に対応したものと、時代変遷という時間軸に対応しているものがある。そして後者には、垂直発達と水平発達があり、垂直では、ある人工物が時代とともに置き換えられたり駆逐され、水平では、ユーザーにとって選択肢が増えるパターン。例えば、音楽プレイヤーや腕時計は水平発達にカテゴライズされる。
獣衣をまとっていた時代には洗濯は不要であったと想像すると、洗濯は繊維物を着たところに起源があっただろうと考えられます。繊維吸収力の回復と悪臭の除去を目的に、手で足で洗いはじめました。そのなかで、タライや洗濯板が開発されましたが、洗濯は、洗う、絞る、乾かすというそれぞれの行為によって成立します。そこに人工物が行為を支援するに際し、それぞれのステップの効率化だけではなく、それぞれのステップの連続化をも目標に入ってきますが、それが一気に実現したわけではありません。
電気の導入をみても、最初は洗うステップのみ。絞るのは手でした。これも手で直接絞ることから、ローラーに洗いものを挟み込むという工夫が次段階で出ています。しかし、ローラーでの絞りはかなりの重労働であったため、脱水機能が考えられました。これも最初の脱水機能は洗濯とは別の機能だったのですが、濡れた衣服の入れ替えを連続化するために全自動洗濯機が開発されたというわけです。これで洗いから絞りのプロセスは完成形に近くなったのですが、乾燥はまったくの手作業です。それで乾燥機が出ました。しかし、連続化プロセスとしては未完成で、絞ったといえど、濡れた衣服を移動させるのも面倒な作業で、洗濯乾燥機の誕生となりました。が、別置きの乾燥機も存在しているのが現在です。
話を人工物発達学の根幹に戻すと、これはもともと、目標一に対して手段や人工物が複数存在する多様な状況から着想されたものです。例えばコミュニケーションという目標に、対面、手紙、葉書、電報、固定電話、携帯電話、無線電話、携帯メール、パソコンメールが存在しており、ユーザーがどういう背景や理由で、これらのどれかを選択するのか?という疑問からスタートしています。したがって当然、使用される文化も絡み、文化人類学などと近くなります。尚、文化とは国家文化や民族文化だけでなく、世代や性あるいは宗教など多種の要素を基においた共通の行動・思考の様式を指しています。
ARは系列的には水平発達型のものかな?とも思うのですが、上記で音楽プレイヤーなどの水平発達ではなく洗濯機という垂直発達の例を取り上げたのは、実はARは垂直発達を遂げていくのではあるまいか(もしかしたら、長期的にみて、携帯電話のカメラがカメラ自身を駆逐する可能性も否定しきれない趨勢を鑑み)ということを感じているからです。
このテーマについては、今後も書いていきます。
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