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もう一つのブログ「さまざまなデザイン」に、今週発表されたトヨタの新組織と豊田章男社長の記者会見について触れました。以下です。副社長レベルを担当責任にした地域適合性をより考慮に入れた采配に期待感をもったのですが、もう一点、ヨーロッパ市場に関する部分でどうしても気になることがあります。
http://milano.metrocs.jp/archives/1718
欧州では、クルマが「文化」として、人々の日常生活に溶け込んでいます。 その意味でも、トヨタが「クルマ文化を学ぶ場所」として、引き続き重要な地域でもあります。 私は、もっとクルマと人の距離感を縮めるために、欧州のような「クルマ文化」を、世界の各地域に、広げたいと願っています。
ヨーロッパのクルマ文化が肯定的に捉えられています。文化としてクルマが日常生活に溶け込んでいるとは、かつて長い間言われてきたことは確かですが、「今の今・・・トヨタの社長が、そこに学ぶべき点とあえていうことがあるとしたら、それは何を指すのだろう?」という疑問が出ないわけではありません。「クルマは下駄だ!」という考え方が日常生活レベルであるという意味であるなら、それは日本においても、そういうことがかなり定着し、だからこそ、「もう下駄は不要」という意見も出てくるのではないかとも思えます。
人とクルマの距離感をいうなら、これはクルマに限った話ではないのではないかという気がします。まずは、人と人の距離感から考えていくことではないかと感じています。あるいは機械と人間のインターフェースを問題の視野に入れた発言かもしれないとも想像します。とにかく、全てをひっくるめて、自社製品にまだ不足感があると認識していることにはかわりません。その不足を補うものが、ヨーロッパにヒントとしてあると考えているのでしょう。
今後の動きに注視していきたいと思います。
皆が東の方向を一生懸命見ているときに、いや、そのときだからこそ、西の方向に商材を探すべき・・・とビジネスマンのあり方としてよく言われます。パイの食い合いに金とエネルギーを費やすのではなく、自分の領域を創造するところに利益の源泉があるというわけですが、オランダの移民政策の変更に関する下記記事を読み、さすがはビジネスの国オランダだと思いました。
http://www.nrc.nl/international/article2279586.ece/The_Netherlands_wants_more_well-educated_foreigners
第二次世界大戦以降、途上国の頭脳を米国や英国は受け入れてきました。それが経済成長の大きな力になっていたのですが、昨年の経済恐慌を契機に、米国では今年1月、政府に救済された企業は自国民の雇用を優先する法案を提出。英国でも高い専門性を必要とする職は、英国民やEU市民を優先するようにとの方針を打ち出しています。
オランダは、これら「磁石の国」の方針変更を好機ととりました。高学歴者の滞在延長や留学生の招聘により力を入れようと検討を始めているようです。既に政府は2億8千万ユーロを用意し、自国民だけでなく他国民も含め、高学歴の人たちが企業や大学にそのまま留まれるような策をとっています。これらが長期的に、オランダ経済の力の強化に繋がるであろうとの見方をとっているわけです。
能力のある人材の確保を厳しい状況でも行うべきかどうかという議論もありますが、米国や英国などの方針転換を逆手にとっているところが、このオランダ政府の注目すべきところです。経済的に強く英語圏である米国や英国は、ほっておいても人材が集まる傾向にありますが、中堅国は機をみてすばやく動いてビジネス機会をクリエイトする・・・・これはとても参考になる事例です。
日本滞在中に感じていることを、ブログ「さまざまなデザイン」に日本のものづくりや市場づくりに関する問題点に絞って記事を書いています。以下です。http://milano.metrocs.jp/archives/1682http://milano.metrocs.jp/archives/1687至極あたりまえながら、「深くよく考える」ところにしか解決策がありません。そこを飛び越えて、よい商品やデザインが生まれようがないはずです。それなのに安易な自己規定や時代規定が闊歩しているのが現状。これをみるにつけ、ぼくの危機感は募るばかりです。ぼくはヨーロッパ市場で売れるための戦略や意味を考えながら、その一方で、日本の産業界の問題点に思いをはせているわけですが、きわめて比ゆ的に言えば、すべての人が自分のもっている現状認識をワードに書きつめていくところしか始まらないという気がします。それをお互いが読み合い、問題点を指摘していく。これはパワーポイントの世界ではだめです。あまりに曖昧な言葉と論理が助長されるだけです。PPTだけでは問題点が浮かび上がってこないのです。自分たちが苦手と思い込んでいるところ、あるいは強みだと思い込んでいるところ、これらは本当に能力的な問題として定義されるうることなのか? そういう点への突込みがあまりに甘い・・・そういう認識をもっています。そこで、日欧産業協力センターで実施したようなセミナーをいろいろと角度を変えながら、ある時期、連続的に行っていく必要があると痛感するに至りました。それも、まさに今、皆が新たな道を探し求めているこの今、やっていくしかないでしょう。この秋をめどに、どれだけの場を作れるか? そういう目標で、動き始めました。
今週、明治大学の大学院ゼミに外部生として参加してきました。理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系という長い名前のなかにあるのですが、文化人類学に造詣の深い管啓次郎さんが先生です。ぼくと同じ年齢です。ヨーロッパ文化部をやっていくにあたり、彼のような幅広い領域をカバーする文化人類学の方に、色々と教示してもらいたいと思ったのです。
4時間あまり、20代の学生さんの発言を聞くのは楽しかったし、刺激に満ちていました。実は、ゼミでは36冊の本を自分で選び、それぞれに200文字の要約をつけていくという課題があります。ぼくの36冊は以下リストで提出してありました。
http://monpaysnatal.blogspot.com/2009/05/blog-post_7753.html
自分の判断基準になっている本12冊、自分の専門の本12冊、それから現代性を感じる12冊。これは自分を「整理」するのに、とても有効な分類方法だと思いました。このリストは若干すでに変更するにいたっていますが、この200文字で表現するところに「的確性」が求められます。
ゼミ終了後、管さんと秋葉原のパブで酒を一緒に飲んだのですが、すべてをしゃべりまくったという感じです。下記、彼のブログです。
http://monpaysnatal.blogspot.com/2009/06/blog-post_05.html
「一人でわかる文化理解」という考え方に賛同いただけてうれしい限りです。