2009年1月24日土曜日

日本はヨーロッパを無視すると決めたのか?



「ヨーロッパ文化部」構想は、いわば何らかの必要性があってヨーロッパと「付き合わざるを得ない」人たちを対象に考えました。ヨーロッパ文化が好きな人たちは、独自に付き合い方を習得していきます。ですから、ヨーロッパに特に関心があるわけではないが、ヨーロッパを見ざるを得ない人たちへの配慮が問題になってくるわけです。

拙著『ヨーロッパの目 日本の目ー文化のリアリティを読む解く』(日本評論社)は、その目的で書いたものですが、何箇所かで引用した八幡康貞さんのメッセージをここで紹介していきます。八幡さんは、長い間ドイツで生活し、後に上智大学や日大で教えてこられた方です。ぼくが抱く疑問に以下のようにメールで答えてくれました。

<ここから引用>

>欧州にビジネス上、注意しなければいけない人たちがみていないことに、大いに危惧をもっています。

同じ事を、小生も、だいぶ前から感じています.

多分、ヨーロッパの統合などは、経済的にさえ、うまくいくはずはないという意見が支配的だった日本の官僚や経済界には、EEC から EC に移行し、さらに、EU 、そしてその加盟
国の拡大という、経済的のみならぬ政治的な統合が、つい最近まで戦争をし合ってきたヨーロッパで進行していることのロジックを理解できないでいるという事が最大の原因だと思って
います.

非常に象徴的なエピソ−ドがあります.1972年3月、日本では、田中角栄が通産大臣で、その数ヶ月後に自民党総裁に選出されて、田中角栄内閣を作る直前の事です.


当時、小生は、ドイツの日刊国際経済紙の編集部記者をやっておりまして、二ヶ月ほど日本に取材にきていて.通産省に取材に通っていた時の事ですが、通商 政策局の課長補佐(キャリア)から、MITIとしては、EEC がより高度な統合(EC)を実現できるはずはあり得ないと考えていると言う見解を聞きました.

その状況は、以下の通りです:西ドイツ政府は、その頃、CDU(Demochristiani に相当)FDP(自由党)の連立政権であり、外務政務次官が社会学者のRalf Dahrendorf (後に、London School of Economics 学長). その、Dahrendorf が、東京に現れて、日本政府に対し、西ドイツ政府との間に二国関経済協定の締結を提案しました。それは、EC 発足によって、メンバー国が、独自に第三国との条約を締結する権利をブリュッセルに移譲する義務が発生する以前の、いわばドイツとしては、最後の対外条約 締結の機会におこなった提案であったわけです.

もしも、日本がドイツとの条約を締結すれば、日本は、ドイツを通じて、「事実上の」EC加盟国として、域内で自由な経済活動が出来るというのが、ドイツ側の説明でした。しかし、通産省の見解は、「そもそもECが成功するはずはないし、ドイツ政府は、日本の事情を全く理解していない」という (この出来事は、2月に発生したいわゆるニクソン訪中ショックの最中のことでした)、えらく鼻息の荒いものでした.

結局、通産省は、突っ込んだ協議に入る事を避けるために、会談の場所を京都に移し、接待漬けにして、「うるさい」話にならないようにして『追い返した』と言ってました.

経済界を主導する権力と実力を保持していた通産省が、1972年の時点で、EEC-EC-EU というヨーロッパ統合の進展にたいする、『戦略的』な関心を持つ事をやめて以来、日本経済とEU圏の関係はあまり活性的でなくなりはじめたと思われます.EU側にも、良く分からない日本とよりも、韓国や中国との取引の方が、反応も早いしわかりやすいという印象が強まっていると見ていますが、どう思われますか.

日本の都市が海外と締結している姉妹都市関係を見ると、(安西さんが新刊書についておやりになったような全面的な調査の結果ではありませんが)近隣の中 国、韓国などをのぞけば、イギリス以外の英語国で、比較的歴史の短いところ、文化的にもあまりうるさくないところ、米国、オーストラリア,ニュージーラン ドなどに集中しているようです.例えば、京都市と
ケルン市は姉妹都市関係にあるはずですが、ほとんど活動していません.なにか、ヨーロッパに対する精神 的・文化的バリアが高すぎるという感じを日本人が持つようになっていて、これは逆に言えば、幕末から明治維新に掛けての精神状況からの後退だとも言えま しょう.日本には、自治体が締結した海外との協定は、当事者の首長や事務担当者が後退しても、『機関』同士の協定であり続けるという認識が薄弱なのかも知 れません(教養の欠如の一例)。

けっきょく、EUをもう一度真摯に分析・検討する必要があるという事を、日本の経済人が理解するには、「欧米」という世界はないのであって、アメリカと ヨーロッパは別の世界なのだという事を(特に具体的なビジネスのレベルでは)、まず理解する必要があると思うのですが、そのために必要な『教養』が、彼ら(の世代)には失われていると思っております.

問題は、どうすれば少しは状態の改善に役立つか、ということですが。

<ここまで>

上記でぼくが行った新刊書調査とは、日本で出版されている約3000冊の新書をネットで題名と目次を調べ、欧州の何が問題になっているかを洗い出したことを指します。

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