2009年3月18日水曜日

刃物の切れ味に拘る意味は?




内需拡大論も賞味期限がきたのか、財部誠一氏も「内需の外需化」というよく分からない表現を使いはじめました。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090317/139488/?P=3

日本国内では「世界同時不況だから日本もダメだ」と思考停止の敗北主義が蔓延しているように見えるが、さすがに企業は考えている。

いま日本が進むべき方向は“内需の外需化”と思う。日本国内の内需など期待するだけバカを見る。人口減少時代に突入した日本の内需で持続的な経済成長などできるわけがない。

いま世界でもっとも力強い成長を期待できる中国、あるいは意外なほど底堅いASEAN諸国を含めた東南アジア市場も日本の内需だと思い切って、市場拡大を図ることが日本経済にとって唯一のブレークスルーではないか。

なにひとつとして政治に期待することができなくなった日本の行く末はまさに民間企業のがんばりにかかっている。企業が自助努力でどこまで内需を外需化できるか。それこそが日本経済の生命線なのだ。

「さすがに企業は考えている」と書いていますが、要するに、内需拡大論とかは個々の企業にとっていってみれば無縁の話であり、サバイバルのために市場のあるところに出て行くということしかないと思います。危機がこないと変化の必要は認識できないし、その場になって、必要が行動を生むのだとしかいいようがないでしょう。「さすがに」という言葉には違和感をもちます。

ところで、ミラノにある刃物の老舗セレクトショップ・ロレンツィについて、昨日、4回分まとめて「さまざまなデザイン」に書きました。もともと刃物を研ぐことが商売のベースだったのですが、お客さんの要望を色々と聞くうちにオリジナル製品が増えていき、今ある1万5千点の商品のうち、かなりの割合はオリジナル製品です。世界中の刃物がここにはあります。

http://milano.metrocs.jp/archives/1025

ぼくは日本が刃物の切れ味に拘ってきた、ヨーロッパでは切れ味に対して同じようなこだわりを持ち続けてこなかったという違いが気になっています。そのこだわりが世界でも独自の刃物の伝統を維持してきたのですが、この「切れ味」をどうヨーロッパで評価するのがいいのか、ということです。刺身をつくるようには、その切れ味を求めない料理の世界で、この「切れ味」がどう生きるのか? ロレンツィでは、日本の文化やその刃物の切れ味の意味をヨーロッパ人のお客さんに説明し、日本の包丁を買ってもらいます。そして、お客さんは日本の包丁のファンになります。そこで、そのお客さんの料理は変わっていくのだろうか?と思います。それは新しい味を求めた結果なのか、道具が新しい味を生み出す契機を作るのか、興味は尽きません。また、お店で聞いてこようと思います。

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