松岡正剛氏のたらこスパゲティに対抗して(?)、七味オイルの商品企画の開発プロセスを、ドイツ人のアレキサンダーを主人公に書いたメモの続きです。上の写真はアレキサンダーのお父さんです。
日本学を勉強しはじめ、彼の生き方に変化が生じます。合理的でスピードがすべてという効率主義に疑問を抱きはじめたのです。きっかけは漢字の学習です。ここで効率以外の価値があることを見出したのです。アルファベットからすれば複雑な形状の漢字は、覚えるにも書くにも時間を要します。しかし、表現された漢字は沢山の意味を同時に伝えることが可能です。大きな驚きがここにありました。より広い構図からものを考える拠点を見出したと言ってよいでしょう。また漢字にある象形文字が、牛、馬、草、竹など農業に関係のあることに気づき、日常の生活からものを考える世界にも惹かれていきます。漢字を上手く書くために、左利きから右利きに変えました。
異文化との出会いが彼を変えたのは、日本だけではありません。イタリアもそうです。87年、それまでも頻繁にトスカーナを訪れていた彼の母親が、高級保養地として名高いモンテカティーニに別荘を購入しました。イタリアの有名なTVジャーナリストの所有だった邸宅です。それまで以上に、ここを訪れるようになった彼は、イタリアのライフスタイルにあるプラグマティズムを知るようになります。
フランスやプロイセンで貴族の称号を得ていた家系は、15世紀のイタリアのデル・ポンテ家に源流があります。5世紀以上の時を経て、彼は自分の血にもともとあったイタリア文化を発見したのです。そうなると、自分探しのための哲学がなんとなく色あせて見えてきます。アレキサンダーが哲学の試験勉強をしているとき、92年に結婚するベルギー人のファビエンが、オリーブの収穫を一人で仕切ることもありました。こうした姿も、書籍から学ぶことが中心だった彼の人生観を大きく変えていったのです。グルグルと回転しながら進む彼の思考が、じょじょに直線的になっていきました。
実は、このメモを西洋紋章デザイナーの山下一根さんに以前送ったのですが、そうしたら「この家系はマルタ騎士団と関係がありますね?」とコメントが返ってきました。それでアレキサンダーに聞いたら「確かに父親がマルタ騎士団だったよ。でも、どうして分かったの?」と逆に聞き返されました。山下一根さんは系図学の知識から類推したようですが、プロイセンという国は一つのキーだと言います。
それから、自分で何でも作るようになります。オリーブオイルのギフトボックスのデザイン(七味オイルのボックスもそうです)、後述する20トン近い大理石を使った和式露天風呂、林の中に飼っている豚から作る生ハム。これらは彼の「自作」のほんの一例です。子供の頃、ベルギーのお祖父さんの別荘で働く職人たちの仕事を熱心に眺めていた彼らしい成果です。しかし、とても慎重な男であることは変わりません。「自分が知っていることは分かっているけれど、知らないことは知らない」と言い、1999年、トスカーナに家族を残してブリュッセル自由大学でMBAを取りました。ビジネスの世界のことも、本で事前に分かることは全て分かっていた方が良いと考えたのでしょう。当然のことながら、オリーブオイルの味に対しても同様です。彼はトスカーナのオリーブオイルの質をテスティングする審査員の一人ですが、この資格も研修を受けて取得しました。
日本とのビジネスも軌道にのってきた頃、ある会社から、「オリーブオイルの質は問わないから」ペペロンチーノやハーブを入れたオリーブオイルを作ってくれないかとのオファーが寄せられました。アレキサンダーは、こう語りました。
「オリーブオイルの質が生きてこそ、デル・ポンテの製品と言える。そのようなリクエストをする会社は真面目とは思えないから、取引したくない」
そのとき、彼はエキストラヴァージンに何か別のものを入れることに否定的であったわけではありません。ペペロンチーノのオイルは昔からあり、それに批判的であったわけでもありません。しかも、日本の何らかの味との融合に関心はあったのです。しかし、その相手が何であればいいか、その具体的なアイデアはもっていませんでした。ただ、何か新しいコンセプトの商品への意欲は常にありました。
アレキサンダーは決してプロダクトアウト的な発想に固執する人間ではありません。常にマーケットを丁寧に見ています。もう15年近く前になりますが、日本でデル・ポンテ商品を売り出し始めたとき、デパートの地下食品売り場に立ち、毎日試食を自らお客さんに勧めました。自分でエキストラ・ヴァージンオイルに合うパンやハムなどを買い求め、全てをセットし、人々のもつ感覚に実際に「寄り添う」ことに集中したのでした。そうした彼にとって、「質は問わない如何にも売れそうなコンセプト」を提案してくる人間は、信ずるにあたらないと見えたのでしょう。
この続きは明日、書きます。
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